小学校の道徳の教材で「星野くんの二塁打」っていう話があるのですが
『ある野球の大会への出場が決定する予選の最終試合でのこと。 同点の最終回裏の攻撃、 ノーアウトランナー1塁の場面でバッターは星野君に回ってきた。監督からはバントを命じられたが、絶好球が来たのでバントの指示に背いて二塁打を放った。そして、星野君のチームは次の打者が犠牲フライを打ったためこの試合に勝利することができた。 しかし、翌日に監督はバントの指示に背いた星野君に「共同の精神や犠牲の精神の分からない人間は社会の役立つことはできない」と話し、大会への出場停止処分を下した。 』
この教材では個人プレイを優先かチームプレイか・・。
チーム優先を誘導する教師とそうではない指導する?
考え討論をさせる指導にしてさてどう指導できるでしょうか。
多数の同じ意見が多くても少数の違う意見が良とすることもあるのですから。
これから始まる道徳授業では教師の力量いかんですごく異なりますが、考える力をつけることが重要です。
子どもらが一方だけに誘導されてはいけないことだ思いますから。
今回のアメフトの違反行為で日大の学生さんが会見しましたが、絶対に上の指示通りに従わねばという気持ちは、自分の弱さだったと、監督やコーチに対する思いの言葉は控え、見る限りでは真実を述べておられたように見ました。
上司の指示が絶対。まだまだ、このような社会がほかにもあるのでは??そんな気がしますが・・・
上司にはモノが言えない、絶対権者である人には誰かをはさんでしか話せないのでは信頼関係は構築できないのでは??
国会でも誰かが嘘を言い、隠す?虚偽発言?かばってる?何が何だか・・・
これも似通った感が否めませんが、そう感じる方も少なくないと思いますが・・・
教育では真の民主主義を教えていただきたい!!!