2008年11月28日

命の重さ・若者の投書から

0016.JPG 自作「無量壽」

11月24日の朝日新聞の投書に「命のはかなさ祖母失い実感」17歳の高校生の文章から・・・・
身体障害者の祖母が今年の夏入院して間もなく71歳で息を引き取った。母は葬式で大泣きした。私は人の命は本当にはかないと思った。誰とも会えなくなる死は想像もできなかった。父も母も私も皆何時か死ぬと実感した。人の死でこれほど考えさせられるとは思わなかった。悲しかったし学んだ事も多かった。これからは自分のしたいことのために努力し、悔いの無いように生きようと・・・・

最近の凶悪な犯罪のニュースが多い中で、この投書から死について考える若い人の文章が目に入りました。核家族が増えて今は殆どが訃報を聞いて遠方から駆けつけることが多いように感じます。私は人の最期に小さい時に自宅で医者に看取られるのを何度か経験してきましたし、 自分の父と母の時は、病院でしたが看取ってきました。
死がもたらす大きな事をこの高校生は感じとってこれからは一日を大切にしていかれるだろうと思いました。最近、人を殺める事が多くなりその原因も評論家はさまざまに発言されていますが、擁護するのではありませんが、このようになる迄には、暖かい人との関係が持てる機会が少ないことが、多くの要因に成っているのではないかと思うのですが、小さい時からの思いやりの心を育てることを、自然な体験から学び取らせる教育が大事と思います。
人と比べて些細な違いからいじめる、排除から差別へ発展し、その結果、閉じこもりや反発も生まれます。これは大人が繰り返し今の若いものはではなく、まず自分の姿勢を律する事から始まるものだと・・・
みかん箱のみかんが腐ったらそれは捨ててしまいますが、学校の中に地域の中に、家庭の中で間違いを起した人を放り出す事はできません。このことを考えていくのが人の道に繋がる大切な仕事ではないかと思っています。
私は親しい人にはおかしい事をしていたら、教えてもらいたいとお願いしています。それを真摯に受けて生きたいと思っています。 
posted by fusako at 19:51| Comment(0) | 雑感
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