2012年11月15日

会派廃止した鳥羽市議会

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全国市議会改革度ランキング2位の栄誉を獲得している鳥羽市議会の会派制廃止の記事が「日経グローカル」に掲載されています。次のような内容です。

議会を牛耳った代表者会議
11年4月改選前の議員定数は16人(現在は14人)。会派が4つ。代表者4人が構成しているが、会派に法的根拠はなく「申し合わせ」による任意団体に過ぎない。
協議できる議会の行事や親睦に限られる、当然、市政の問題を議論している例は県内にはなかった。
 ところが鳥羽市議会は違った。地方自治法にも鳥羽市議会規制にもうたわれていない非正規の会議もかかわらず、会派代表者会議の権限たるや驚くべきものであった。

1議会の人事権を一手に握る
2議会の機構改革もまずこの場で協議する
3執行部の提出議案を事前検査する

など、4人の代表者がずべてを取り仕切り。特別委員会の設置すら事前承認事項だった。議会の運営権限は自治法が定めた議会運営委員会ではなく、事実上会派代表者会議が握っていたのである。

そもそも会派は「同じような政策や考えを持つ議員の集合体」とされている。だが実態はそんな高尚なものではない。気が合うか否か、好き嫌いのレベルでの派閥であった。本来であれば政策集団たる会派が立法権の行使をしてしかるべきだが、鳥羽市議会は議員提案の政策条例を過去に一本も制定しておらず、これが鳥羽の会派の実態を示しているではないか。
「決算審議は議会の最も大事な仕事」(片山善博、慶応大教授)。決算審議には全員で臨むのが市民の負託に沿うはずだ。ところが委員の人選も会派任せ。ボス議員たちが委員の常連で、最も分析力、論戦力ある会派非所属議員は13年間、一度も決算委員になれなかった。秀でた議員の除外は議会にとっても市民にとっても、また執行部側にしても損失であった。

このように会派制度は正常な議会運営を阻害する元凶となっていた。そこで議会改革の議論を進める中で会派制度の存廃も検討対象となり激論の末、11年4月を期して会派はなくなった。

結果どうなったか。3つの変化をあげよう。
@全議員の対等平等性発揮。
議会に関わる案件はすべて全員協議会にかけるようになった。
平場で討議するし意見は自由。会派のしばりを取っ払ったから自らの見解を自らの意思で存分に披歴できる。
対等平等でベテラン議員、新人議員の差別もない。14人が一致団結して事に当たる気風が生まれた。

A自発性と自覚性を涵養。
会派で決めてそれに従っておればOKでは済まない。一人ひとりの見識が問われる。
満足に発言できなければ置いてきぼりを食う。議員はおのずと勉強せざるを得ない。
今、新人議員全員が党派を超えた勉強会を毎週開いている。決算審議の前には委員長を中心にした検討会も始まった。

B最良の人事選択の土台形成。
会派代表者が決めていた議会人事も、すべて全協の平場討議に付される。
誰が適任者か、みんなで意見を出し合う。議会として最良・最強の人事選択になっていく。
議長選挙などまだ事前根回しの気配は残っている。しかし地方分権時代に旧来手法に固執しておれば、市民の負託に応えられないとの自覚は確実に拡っている。
議員全員で最適の議決権を行使し、よく勉強して本来の立法権も手掛ける―「14人一丸力」の芽生えが会派制度廃止の最大の功績ではないだろうか。

posted by fusako at 17:34| 議員活動のこと